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金沢地方裁判所 昭和49年(ワ)113号 判決 1976年10月18日

原告 日本労働組合総評議会 全国金属労働組合石川地方本部

右代表者執行委員長 大谷正男

右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎

右同 菅野昭夫

右同 加藤喜一

右同 水津正臣

被告 日野車体工業株式会社

右代表者代表取締役 横道勇

右訴訟代理人弁護士 馬場東作

右同 福井忠孝

右同 高津幸一

主文

一  原告の団体交渉応諾を求める訴を却下する。

二  被告は原告に対し金一〇万円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

五  この判決は第二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告と左記事項について誠実に団体交渉をせよ。

(一) 石川県地方労働委員会が昭和四八年一二月一七日発した命令書記載の、同委員会が認定した不当労働行為事実に伴う労使関係の改善、被害の回復に関する件

(二) 総評全国金属労働組合石川地方本部日野車体工業支部組合員の労働条件の改善に関する件

2  被告は原告に対し金五〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき、仮執行の宣言

二  団体交渉応諾請求についての本案前の答弁

1  本件訴を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本案に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本案前の主張

1  訴却下の理由

(一) 請求権の本来的不存在

団体交渉については、日本法上いかなる請求権の根拠規定も存しない。したがって、本来的に不存在の権利を主張する原告の請求は不適法として却下されるべきである。

(二) 請求の不特定

仮に団体交渉請求権なるものが認められるとしても、それが訴訟上主張されるにおいては、給付を求める日時、場所、方法、譲歩提案内容等が具体的に特定していなければならず、右特定を欠く原告の請求は訴訟物不特定として却下を免れない。

2  訴却下の理由に対する原告の反論

(一) 団体交渉請求権の存在及びその根拠

憲法第二八条が、対国家権力の関係における自由権の一種として団体交渉権を保障していることは、近代憲法の性格そのものからうたがいのないところである。しかし、憲法上の団体交渉権保障のとくに重要な意義は、労働者の行う団体交渉を、市民一般の資格における集団的な取引の自由としてではなく、労働者の生存権的基本権の一種として、団結権を始めとするいわゆる労働三権の一環として法認している点にある。そしてまた労働者の団体交渉がそれ自体その相手方としての使用者の存在を予定している特殊の行動であることを考えあわせると、憲法第二八条の団体交渉権の保障は、その中にすでに、使用者の団体交渉応諾義務の承認、これに対応する労働者の団体交渉請求権を包含しているものといわなければならず、労働組合法第七条第二号の規定はこれを実体法的に裏付けるものに外ならない。そして右団体交渉請求権が正当な理由なく侵害された場合には、その実効性を確保するため司法上の救済手段が認められなければならず、かく解することによってはじめて憲法第二八条による団体交渉権保障の意義が充足されることになるのである。

(二) そもそも団体交渉は特定の型にはまった一回的行為ではなく、一定の議題につき弾力的、継続的な話し合いが行われることをその本質とする。したがって、その特定のためには議題が定まっていれば十分であって、被告の主張は団体交渉の本質を理解しない不当なものである。

二  本案に対する主張

1  請求原因

(一)(1) 被告は、自動車、車両、発動機等の製造販売及び修理並びに右に関連した附帯の事業を目的とする株式会社である。

(2) 原告は、産業別労働組合である全国金属労働組合中央本部(全国組織)の下部地方組織として、石川県地方の全国金属労働組合(支部)の組合員を構成員とし、機関、役員、加入と脱退、権利義務と統制、会計等の規約を有する単一労働組合であり、支部組合員を雇用するものに対し、支部の上部団体として、労働条件、生活条件の維持改善に関する事項を実現するため、固有の団体交渉権を有するものである。

(3) 総評全国金属労働組合石川地方本部日野車体工業支部(以下日野車体工業支部という。)の組合員が原告に加入した時機、方式は次のとおりである。

原告の前身は、昭和二一年一一月に結成された全国金属産業労働組合同盟(以下全金同盟という。)石川県連合会に始まるが、右石川県連合会は、昭和二一年九月、金属関係の労働組合を全国的に統一することを目的として、日本労働組合総同盟(以下総同盟という。)傘下の全金同盟が結成されたことに呼応して、その地方組織として石川県下の金属労働組合の連合体として結成されたものである。

次に、日野車体工業支部の前身は、昭和二一年一月被告の前身である金沢産業株式会社の従業員をもって結成された金沢産業労働組合に始まるが、右組合は昭和二一年一一月、石川県連合会の結成と同時にこれに加盟した。

昭和二五年一〇月、全金同盟は金属労働組合の全国的統一を一段と前進させることを目的として全国金属労働組合に改組されたが、それに伴い石川県連合会も右全国金属労働組合の地方組織として石川金属労働組合へと組織変更された。この結果、従来石川県連合会に加盟していた石川県下の金属労働組合はそのまま引き続いて石川金属労働組合に加盟するところとなった。

昭和二七年五月、石川金属労働組合はその名称を石川金属機械労働組合に変更した。

そして、昭和二八年一〇月、全国金属労働組合は従来の連合体から単一体に改組された(その基本組織を中央本部、地方本部、支部とする。)が、これに伴い石川金属機械労働組合も全国金属労働組合石川地方本部と改められ、現在の原告の形になったものであるが、右単一体への組織変更に当たっては、従来組合単位で連合体に加盟していた各労働組合については、その構成員である組合員が一括して原告に加入することとし、その後に当該労働組合に加入した者についても個別的な加入手続を経由することなく自動的に原告の組合員となるいわゆる一括加入方式を採用し、現在に至っている。したがって、日野車体工業支部の組合員に関しては、原告の前身である石川県連合会に加盟し、その後改組に伴い引き続いて石川金属労働組合、石川金属機械労働組合に加入するところとなったから、右一括加入方式の採用により現在原告に加入していることになるわけである。

労働組合にとって組合員の加入手続につきいかなる方式をとるかは当該労働組合の自治に委ねられているのであって、規約に定められた方式が唯一絶対のものでないことはいうまでもなく、この点については第三者が異論をはさむべき筋合のものではない。加うるに、日野車体工業支部が全国金属労働組合傘下の労働組合として公認されていたことは石川県経済部労政課の手になる石川県労働組合名簿の記載によって明らかであり、また、これまで春斗の賃上げ問題等に関して、全国金属労働組合中央本部、原告、日野車体工業支部の三者連名による要求書の提示に対し、被告から何等の異議も出されなかったこと、日野車体工業支部は原告の発足の頃から現在に至るまで多数の組合員を原告の役員に送り込んでおり、被告に対しても労働協約に従いその旨通知していること等に照らせば、被告においても日野車体工業支部が原告に加入していたことは十分に知悉していたものというべく、単に規約に基づく加入申込書の提出という形式がとられていないことの一点を把えて右事実を否定する被告の主張は当を得ない。

(二) 被告は、昭和四八年三月三日から四日にかけて管理職及び職制を動員して、役員の指揮監督の下に公然と日野車体工業支部組合員の自宅を訪問して、支部組合からの脱退、第二組合の結成加入を働きかけ、遂に同月六日、構成員約四〇〇名からなる第二組合を結成せしめたうえ、第二組合員との賃金差別、有力支部組合員に対する違法な懲戒処分、支部加盟の女子従業員に対する不当な配置転換、団体交渉の不当な拒否等々の数限りない不当労働行為を行い続けている。このため、原告は日野車体工業支部との連名により石川県地方労働委員会に対し不当労働行為の救済を申し立てたところ、同委員会は昭和四八年一二月一七日、被告の第二組合結成における支配介入を不当労働行為と認定して救済命令を発した。

以上のとおり日野車体工業支部と被告との労使関係は極めて異常であったので、原告はその解決のため、上部団体としての固有の団体交渉権に基づき次のとおり被告に対して団体交渉の申入を行ったところ、被告は被告会社の従業員にして原告に対して加入申込書の提出による加入手続をとった者は一人もいないとの理由を構えて不当にもこれを拒否した。

期日 議題

(1) 昭和四八年四月一六日  昭和四八年度春季要求事項

(2) 〃七月二四日      〃春季要求事項、夏季一時金等

(3) 〃八月一三日      賃上げ、夏季一時金、配置転換、組合旗の返還等

(4) 〃九月一三日      賃上げ、夏季一時金、賃金カット、ロックアウト、組合員に対する出勤停止処分、女子組合員に対する配置転換等

(5) 昭和四八年一〇月二六日 右同

(6) 〃一一月一四日     右同

(7) 昭和四九年一月一〇日  石川県地方労働委員会が昭和四八年一二月一七日発した命令書記載の同委員会が認定した不当労働行為事実に伴う労使関係の改善、被害の回復及び日野車体工業支部組合員の労働条件の改善に関する件

(三) 被告の正当な理由のない団体交渉の拒否により、原告は被告に対して具体的な団体交渉請求権を取得し、また固有の団体交渉権を侵害されたことによりその信用、社会的地位を著るしく毀損されたが、右損害を補てんするには金五〇万円が相当である。

(四) よって、原告は被告に対して、具体的な団体交渉請求権に基づく団体交渉の応諾と団体交渉権の侵害に基づく損害金五〇万円の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)(1)(2)記載の事実は認める。(3)記載の事実は否認する。原告の規約第四七条によれば、原告への加入手続は所定の申込書に必要事項を記載し加入金と組合費一か月分をそえて申込みをなし、地方本部の執行委員会の決議をへて中央執行委員会の承認をうることを必要とするところ、被告の従業員で右手続をとったものがいないことは原告の自認するところであるから、原告の請求はその余の主張を待つまでもなく失当として棄却を免れない。

(二) 同(二)記載の事実中、原告らが石川県地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立をしたこと、同委員会の救済命令が発せられたこと、原告から被告に対し、原告主張のような団体交渉の申入がなされたこと、被告は、被告の従業員で原告に加入しているものが一人もいなかったので右申入を拒否したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。右救済命令は事実の誤認と判断の誤りを犯しているため、被告において再審査申立をなし、現在中央労働委員会が再審査中である。

(三) 同(三)記載の事実は否認する。

3  抗弁

(団体交渉拒否の正当理由)

被告が原告の団体交渉申入を拒否したのは、次のとおり正当な理由がある。

(一) 上部団体は、使用者の従業員が正規の加入手続により上部団体に加入していることを前提として、自己が上部団体であることを使用者に通知してはじめて団体交渉等をすることができるものと解すべきところ、原告は被告に対して、右のような通知をなさないのみならず、被告の従業員で原告に加入しているものは一人もいなかったので、被告は原告の申入を拒否したものである。

(二) 仮に原告が日野車体工業支部の上部団体に該当するとしても、同支部において承継した労働協約第七八条には、交渉委員につき、「組合の交渉委員は会社の従業員である組合員に限るものとする。団体交渉には交渉委員以外の者は出席できない。」旨規定されており、また、被告においては二〇数年来右協約に従った団体交渉のみが持たれてきたから、被告は右協約及び労使慣行を尊重して原告の申入を拒否したのである。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)記載の事実は否認する。日野車体工業支部の組合員が原告に加入していること及び被告において右事実を知悉していたことは請求原因(一)(3)記載のとおりである。

(二) 同(二)記載の事実中、労働協約第七八条に被告主張のような記載があることは認めるが、その余の事実は否認する。上部団体は下部組織とは別個の固有の団体交渉権を有しており、労働協約の拘束力は上部団体には及ばない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本案前の主張について

原告は、憲法第二八条及び労働組合法第七条第二号から実体法上の請求権としての団体交渉請求権が導かれる旨主張するので、この点について検討する。

憲法第二八条の意義は、団体交渉権を国と労働者との関係において国がこれを不当に侵害してはならないという意味において、すなわち、単なる自由権として保障したにすぎないものではなく、労働三権である団結権及び争議権とともに労働者の生存権的基本権としてこれを保障したもの、すなわち、対使用者との関係においても尊重されることが労使間の公の秩序であり、使用者においてこれを不当に侵害する行為はそれ自体違法であり、損害賠償責任を生ぜしめる、という趣旨においてこれを保障したものと解すべきである。そしてこれをうけて労働組合法は使用者が正当の理由なく団体交渉を拒むことを不当労働行為として禁止し、使用者に公法上の義務を課すことによって右保障を担保したものというべきである。したがって、労働者は右公法上の義務に対応する限りにおいて団体交渉権を保障されることになるが、このことから直ちに労働者の団体交渉権に対応する使用者の団交応諾義務が生ずると解すべきでなく、その制裁としては前記損害賠償責任の外義務違反に対する罰則(労働組合法第二八条、第三二条)をもって満足すべきものであって、それ以上に団体交渉の履行そのものを求めることができないことはその義務の性質から明らかであるといわなければならない。

次に、団体交渉という概念自体がその相手方としての使用者の存在を予定する特殊の行動であることは原告の指摘するとおりであるけれども、そのことから一義的に具体的な団体交渉請求権が発生すると解することもできない。

結局、憲法第二八条及び労働組合法第七条第二号から具体的団体交渉権が導かれるとの見解は、右法条は使用者に対して単に公法上の義務を課したに止まらず、それと同時にあわせて私法上の義務をも設定したものと解し、かく解することが生存権的基本権としての団体交渉権の権利性を高め、その実効性を発揮する所以であるとの政策論に立脚するものと考えられるところ、右政策論の当否については、団体交渉の履行を法律上強制しうるのか、強制しうるとして団体交渉の特質に沿った実効性が確保できるのかどうか、また、団体交渉拒否の救済として労働組合法上不当労働行為制度が設けられ、刑罰・過料といった間接強制力に裏打ちされた労働委員会による行政救済の途が開かれているのに、さらに屋上屋を重ねる結果となる司法救済を認める必要、余地があるかどうか等制度全体をふまえての議論がなされなければならないと解される。然るところ、当裁判所としては、裁判所と労働委員会との機能の分化を意図する現行法制度の趣旨に鑑み、今直ちに司法救済の必要を肯定するのは相当でないと考えるので、右政策論にはにわかに賛同しがたい。

二  損害賠償請求について

1  請求原因(一)(1)(2)記載の事実は当事者間に争いがない。

2  日野車体工業支部の組合員の原告への加入の有無について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、被告の前身である金沢産業株式会社においては終戦後米軍の進駐に対し団結を保持する目的から労働組合を結成する気運が高まり、当時の総務課長であった高田利吉を中心として、昭和二一年一月五日、堀川分工場において金沢産業労働組合の結成大会が開かれたこと、結成当時の役員は委員長高田利吉、執行委員は依田清、関幸雄、清水庄三、林勝雄、書記長は中西政雄であったこと、高田委員長は同年五、六月頃に退任し、第二代委員長として羽田吉郎が就任したこと、そのときの副委員長は林勝雄であったこと、昭和二一年九月には総同盟傘下の全金同盟が、同年一一月にはその地方組織である全金同盟石川県連合会がそれぞれ結成され、羽田委員長下の金沢産業労働組合は同年九月には総同盟へ、同年一一月には全金同盟及び石川県連合会へそれぞれ団体加入したこと、その後昭和二五年一〇月、全金同盟は全国金属労働組合に改組され、それに伴い石川県連合会も石川金属労働組合と改められ、次いで昭和二七年五月石川金属機械労働組合と改称されたこと、そして昭和二八年一〇月、全国金属労働組合は従来の連合体組織を中央本部、地方本部、支部からなる単一体組織に改組され、これに伴い、石川金属機械労働組合も全国金属労働組合石川地方本部と改められ、現在の原告の形になったこと、以上のとおり数次にわたる組織変更がなされたけれども、石川県連合会から原告へ至る過程においてその構成単位なり構成員には全く異動がなく、ことに昭和二八年の連合体から単一体への改組により原則として個人加入方式が採用されたにもかかわらず、実際には組合単位の取り扱いがなされてきたこと、したがって、右改組に当たって従前からの加入組合に対してはこと新しく加入申込書を徴するということは一切行われず、右改組後に新規に原告に加入する組合に対してのみ個人の加入申込書を取っていること、日野車体工業支部は昭和三四年以降毎年原告に対し執行委員を送りこんでおり、昭和四七年原告の結成二〇周年には永年の健闘に対して原告から感謝状を送られたこと、昭和三八年作成の原告組合員名簿には金沢産業支部組合員の氏名等が登載されていること、原告は昭和三九年以来、支部組合員の使用者に対し、原告名義の団体交渉委員名簿を添えて、全国金属労働組合中央本部、原告、支部三者連名の要求書を提出しているが、被告に対しても右団体交渉委員名簿と要求書が交付されてきたこと、昭和四七年度石川県労働組合名簿(石川県経済部労政課編)には、全国金属労働組合傘下の組合として全国金属労組金産自動車工業支部として登載されていること、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、日野車体工業支部の組合員は、その前身である金沢産業労働組合が原告の前身である石川県連合会に団体加入して以後原告との関係を保持してきたものと認められるから、原告は日野車体工業支部の上部団体というべく、被告に対して固有の団体交渉権を有するものと解される。

ところで、被告は、原告の規約第四七条によれば、原告への加入には所定の申込書による申込及びこれに対する中央執行委員会の承認が必要とされるところ、被告の従業員において右加入手続をとった者は一人もいないから、原告は上部団体ではない旨主張する。確かに成立に争のない甲第一号証(原告規約)によれば、加入手続として第四七条にその旨の記載があるけれども、本来労働組合への加入手続としていかなる方式をとるかは当該労働組合の裁量事項であって、規約所定の方式を加入のための唯一絶対要件とする趣旨とは到底解されない。まして本件のように組織変更といってもその構成員に何等の異動のない案件において従前からの組合員についてその手続を緩和することは当該労働組合の自由になしうるところといわなければならない。そして、≪証拠省略≫によれば、全国金属労働組合規約第六五条には「中央執行委員会は加入に関する権限の一部を下級機関に代行させることができる」旨規定されており、中央本部は右規定に基づいてその権限を原告に代行させている事実が認められるから、原告において前記認定のような加入方式を是認採用している以上上部、下部両者間の関係においてみる限り、そのことを問題にする余地はない。

3  原告から被告に対して、原告主張のような団体交渉の申入がなされ、被告がこれを拒否したことは当事者間に争いがない。

4  そこでさらに進んで抗弁事実(団体交渉拒否の正当理由)の有無について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告は被告に対し、昭和三九年以来原告名義の団体交渉委員名簿を添えて、全国金属労働組合中央本部、原告、金産支部三者連名の要求書を交付してきたこと、日野車体工業支部は昭和三四年以降毎年原告に対し執行委員を送り込んできたが、被告に対しては労働協約の定めに従い、選任届あるいは解任届を提出することによりその旨通知し、被告においては社長及び当時の取締役であった横道がこれにサインまたは押捺することによって確認していたこと、被告においては昭和四七年の年末一時金の要求をめぐって争議があり、そのとき支援の原告のオルグが被告構内への入門を阻止される事件が起きたことで昭和四八年二月原告、金産支部連名で石川県地方労働委員会に対し不当労働行為の救済申立がなされたが、被告はこの時以後日野車体工業支部の存在及び原告が上部団体であることを否認したこと以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、第三者からみる限り、加入方式について疑念を抱くことは、やむを得ないと考えられるが、しかし過去の実績から推すと、被告は、日野車体工業支部が原告に加入し、原告が上部団体であることを一応判断することができる状況にあったものと認めるのが相当である。

そうだとすれば、上部団体は、自己が上部団体であることを使用者に通知してはじめて団体交渉をすることができるに至るから、右通知のない以上その団体交渉申入れを拒否したのには正当の理由がある旨の被告の主張は理由がないことに帰着する。けだし、使用者において団体交渉の申入者が何人であるかを明確に知りえない場合には、その資格権限等についての説明とその事実関係の疎明を要求し、申入者において右要求に応じない場合には、かりに申入者が上部団体であったとしても使用者において右申入を拒否することは正当の理由があるものというべきであるが、本件のように申入者が上部団体であり、しかもこのことを一応判断することができる場合には、敢えて通知を待つまでもないからである。

次に、労働協約第七八条に被告主張のような記載があることは当事者間に争いがない。右はいわゆる唯一交渉団体条項と考えられるが、特段の事情が認められない限りその効力は上部団体には及ばないと解するのが相当であるから、右条項の存在を盾に原告の申入を拒否することは正当の理由に該らない。

最後に、証人高階登吉の証言によれば、被告の団体交渉においては、組合分裂(昭和四八年三月)以前には支部組合員以外の者が団体交渉の席上に出た例がないことが認められるが、同証言によれば、前記昭和四七年の年末一時金をめぐる争議以前には被告と組合との間には格別の紛争もなかったので、部外者を交える必要がなかったことが認められ、部外者排除の労使慣行があったものとまでは認められないから、右事由も正当の理由にならない。

以上のとおりであるから、被告は正当の理由なく原告の団体交渉申入を拒否したものとして、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

5  そこで、損害の有無及びその額につき検討する。

原告が法人格を有することは資格証明書の記載により明らかである。ところで、法人がそれ自体として独立の社会的存在を有し、社会的活動をなす以上、その社会における評価の対象となることはいうまでもなく、この意味において法人は違法な手段や態様によってその有する社会的評価(これを客観的名誉と呼ぶかどうかは言葉の問題にすぎない。)を毀損されない利益を有するから、右利益が違法に侵害された場合には直ちに非財産的損害を被むることになる。もっとも右は理論上の損害であり、民法上の損害はそれを金銭で評価したものであるから、金銭賠償が相当と認められない場合には民法上の損害は否定されることになるわけであるが、本件の場合には、原告の目的、その社会的地位と活動範囲、加害者たる被告の地位、侵害行為の動機、態様、程度等を考慮し、金一〇万円の金銭評価が相当であると認める。

6  以上のとおりであるから、原告の団体交渉応諾請求を不適法として却下し、損害賠償請求については金一〇万円の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九二条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 近江清勝 高柳輝雄)

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